1日限りのおしゃべりピエロ

最近、外野がうるさい。

だから俺もうるさくなってみようと思う。

ただ、いきなりそうなるには勇気が足りないので、頭を軽く打っておかしくなったという理由付けをする。

いわゆる陰キャと呼ばれる俺は、理由が無いと動けない。

それが、ストレス発散目的であってもだ。

というわけで、階段から落ちました。
痛くて泣きそうになったけど、青あざが出来る程度に抑えることに成功しました。

その後、ちょっとした騒ぎになり早退。
やぶ医者と有名な個人病院に行き、診断書をもらい異常なしのお墨付きをいただく。
あとは、家に帰って親にドジっちゃったテヘペロする。
これで、もう逃げられない。
このくらいやらないと俺は逃げる。
よし!やってやるぞ!
俺の静かな読書ライフを守るんだ!

 

翌日。
家にいるこの段階からこの計画はスタートする。
名付けて1日限りのおしゃべりピエロ大作戦だ。
普段は、全然周りと話をしない俺が突然思ったことを全部言っちゃう病にかかったという設定で過ごす。
もしかしたら俺がいじめられちゃうかもしれないが、そうなったらいじめを理由に不登校になるからいい。
結果的に読書ライフは手に入るからな。

「おはよう~」
「おはよう。朝ごはん出来てるよ」
「いつもありがとう母さん。俺はこの飯に生かされてる」
「ちょっとどうしたのよ。頭でも打ったんじゃないの」
「いや、打ったんだよ」
「そうだった。どこか痛いところはない?」
「特に痛いところはないかな。心配してくれてありがとう。母さんのその優しさが俺の支えなんだなって気づけた」
「ちょっと本当にどうしちゃったのよ…」
「なんかわからないけど、言わないといけない気がして」

これを機会に普段は照れくさくて言えない感謝の言葉をこれでもかと言いまくった朝ごはんを終え、登校する。

登校するさえも、今日はどこかおかしいという匂わせをするために、ブツブツ喋りながら歩く。
周りが見てることはわかっているとアピールしながら歩く。
この時点でかなりキツイな…

そうやって歩きながら無事に教室へと到着する。
扉の前にはパパ活疑惑のあるギャルが進路を塞いだ状態で会話をしていた。
まぁ疑惑ではないのだが。

さて、いじめまっしぐらか許されえるのかここで決まるだろう。

「なんだパパ活やってる奴は常識を捨て去ってんのか。なんでただ通りたいだけの俺が迂回しなきゃなんないんだよ」

やばい。
思った以上に強い言葉になっちゃった…。

「はぁ?あんた今なんつった」

案の定お冠だ。

「常識が無いやつは、人の迷惑も考えられないんだなぁ」

これを言った後、びっくりした表情を作って口を押える。
ここで初めて自分の症状に気づいた振りをする。
そして、こう言うんだ。

「今の、声に出てた?」と。

いきなりこんなことを言われたギャルズは一瞬固まったが逆上し始めた。

「声に出てた?じゃねぇんだよ陰キャ野郎。いきなり言いがかりつけられて黙ってられるわけないでしょ」
「まぁ、事実なわけだが。お、俺だってこんな強い言葉を言うつもりはなかったんだ。ごめんなさい。あぁもうなんでこんなことになっちゃうんだよ。俺は本が読みたいだけなのに」
「事実ってどういうことよ。あとなんか気持ち悪いから一気に捲し立てんな」
「目撃者だからな。裏も取れてないことを軽はずみに言っちゃまずいよな。本当に悪かった。通ってもいいかな?」

今まで黙っていた方のギャルが俺の肩を掴んできた。

「目撃ってどういうこと?」
「この前ホテル街近くにあるグッズ屋に行ったときに見たんだよなぁ。ヤバそうな雰囲気だったから近くに居た強そうなお兄さんに対応してもらったけど。何も見てないよ。聞き間違いじゃないか?」
「全部言ってんのよ!なんなのよ!」
「俺が知るか。まぁっそんなカッカすんなって。バッチリメイクが台無しだぞ?」

これ、難しいな。
しかもドアの前でやらかしてるもんだから野次馬も増えてきた。

「ちょっとリサ。あんた本当にそんなことやってたの?」
「やってないわよ!こいつの嘘だから信じないで」
「慌てすぎだろ。本当だって言ってるようなもんだろ」
「ちょっとあんたは黙ってなさい!」
「もちろん黙るさ。こうして無事に過ごしてるってことはあのお兄さん上手くやったんだなぁ。さすがイケメンは違うぜ」
「黙りなさい!」

もうびっくりするくらい全力でビンタされた。
野次馬がさらに増える。

「いってぇ。そら叩かれても仕方ないけど、これは痛い。マジで今日どうしたんだろ」
「あんたこんなに喋れるタイプだったのね」
「んなわけあるか。頭の中ではめちゃくちゃ考えてるけど、普段はちゃんと飲み込んでる。なんか今日止められないんだよね」
「ちょっと冷静にならないでよ!私が言いがかりつけられてるのよ」
「これ以上騒ぐ方がヤバいでしょ。言いがかりならいったん離れましょ」
「そうしろー」
「あんた覚えてなさい!」

こうしてギャルズはどこかに行った。
俺もいきなりハードな展開だったので疲れた。
思ったことを挟むタイミングと建前を言うタイミングが難しい。
いっそのこと建前を無くすか?と考えている時だった。

俺にとってのマドンナ、学級委員を務める東雲さんが近づいてきた。

「好きです。東雲さんおはよう」
「えっ?あっ、お、おはよう大橋君」

うん、余計なことを考えててやらかした。
まぁ、いいか。

「どうしたのか聞きたかったんだけど…」
「ごめん。今のは無し。俺はロマンチストなんだ」

いや、何言ってんだ俺はぁぁぁぁぁ。
しかも建前も言えなかった。

「それはつまり本当ってこと?」
「このまま追及されるのはマズい。早く誤魔化さなきゃ。な、何か聞き間違えたんじゃないかな?聞かなかったことにしてくれると助かります…」

誤魔化せなかった。

「今回だけだからね」
「何このかわいい生き物。そうしてもらえる助かります」
「今日どこか悪いの?」
「悪いというか絶好調だよな。なんか思ったことがそのまま声に出ちゃってて止められないんだよね」
「えっ?大変じゃない!病院には行ったんだよね?」
「異常なしの診断書は貰ってるよ」
「ホントに?」
「うん。まぁ行ったのは藪坂医院だけど」
「なんであそこに行っちゃうかなぁ」
「家から近いんだよね」

これは事実。
でも我が家も含めてあそこを利用する人間は少ない。

「さっきみたいに喧嘩みたいになるかもしれないから今日は帰った方がいいんじゃない?」
「まぁ、人に近寄らなければ大丈夫でしょ。いつも通りだよ」
「それで大丈夫なのかなぁ?」

俺のマドンナにやらかしはしたが火種は撒けた。
さて、このあとどうなることやら。

この後の授業では、東雲さんが教師に報告してくれていたらしく、俺がべらべら喋り続けてもケチをつけてくる教師はいなかった。
帰れとも言われたが、この状況を楽しんでいる自分がいるので大丈夫だと答える。
これを言うと同級生たちが少し騒がしくなったが、朝の出来事が頭にあったからか遠巻きに様子を伺うだけで絡んでは来なかった。

いや、なんで許されてるんだよ。
頭を打ったのが効いてるのか?

問題が起きたのは4限目の授業でのこと。
この時間を受け持つのは、頭が固いことで有名な生活指導の小田。
ここで日和っては何の意味もないので、怒られること前提で続けるしかない。

チャイムが鳴ると小田が入ってくる。

「なんだ、今日はいつになくハゲ散らかしてるな」

そう、この日に限って、いつもはジェルか何かで固めているバーコードヘアが暴れていてハゲを隠すことは出来ず、みっともない感じになっていったのだ。

「今の発言は誰だ!」
「名乗り出るわけないだろ。脳みそもハゲてんのか。いや、名乗っちゃったよ…」
「大橋!お前か!あとで生徒指導室まで来るように」
「行きたくないなぁ。何が嬉しくてこんなハゲ親父とせまい部屋に居なきゃなんないんだよ。わかりました~」
「ハゲ親父とはなんだ!」
「事実だろ。髪の毛に執着して汚い印象与えるくらいなら剃っちまえよ」

建前が出てこなくて黙ってしまった。

「すみません。昨日、頭を打ってから発言がおかしいのでこれ以上絡まないでもらっていいですか?鬱陶しい」
「鬱陶しいとはなんだ!お前を大人を舐めてるのか?」
「舐められる原因があるから仕方ないよなぁ。いじめのアンケートとか馬鹿正直にいじめられてますって言うわけないアンケートで調査出来ると思ってる人だとさ」

ここで静寂が訪れた。
俺たちのやりとりにクスクス笑っていたクラスメイトも今ばかりは空気を読んだらしい。

「今なんといった?」
「いじめを見抜けない生活指導の先生はいらないとは言えないよな。なんでもありません。授業を進めましょう」
「いじめがあるのか?」
「それがわからないからダメなのにね。あんたの世界ではないんだからそれでいいじゃんか」

そう。
俺の外野では最近いじめが発生している。
理由は知らない。
現在、該当の生徒は学校に来ていないが、最後の方は自身の手首を切っている雰囲気があった。
俺は話しかけることが出来ず見て見ぬふりだ。
遅すぎたこの行動では何も解決しないこともわかっている。
だから、ストレス発散なのだ。
ただの八つ当たりともいう。

「あとでちゃんと来なさい」
「お前がスキンヘッドにしたら行ってやるよ。わかりました。ちゃんと行きますよ」
「それから、言葉に出てしまうならもっと声を抑えなさい。迷惑だ」
「ごもっとも」

重苦しい空気の中、授業は普通に行われた。
俺も自重して声を抑えて過ごす。
せっかくここまでやらかしているので、今日は続けるつもりだ。
ストレス発散最高!


昼休みが半分過ぎたころに開放された。
最終的に体制の見直しをするという結論を引き出しやりとりは終了した。
正直言いたい放題に言えたのでスッキリしている。
達成感のようなものを感じながら席に戻ると厄介なのが居た。

「歩くスピーカーさんが俺に何か用かな?」

歩くスピーカーこと末広乙矢。
噂話が大好きでこいつに話を聞かれると次の日には校内の人間がほとんど知っていると言われるほどにヤバい奴だ。
末広には会いたくなかったが、これだけ騒ぎが大きくなれば嗅ぎつけるのも当然だろう。
むしろ、ここまでやってこなかった方が不思議なくらいだ。

「大橋君が僕のお株を奪うくらいにスピーカーしているって聞いてね。来ちゃった」
「来ちゃった。じゃない俺はお前に会いたくなかったよ」
「そんなこと言わないでくれよ」
「言うよ。絡まれたくないもん」
「まぁまぁそう言わずにさ。少し話をしようじゃないか」
「しない。帰れ」
「あれ?建前は言ってくれないの?」
「何言っても無駄な奴に取り繕う必要ないだろう。早く帰れよ」
「嫌だなぁ。僕傷ついちゃうよ?」
「勝手に傷ついてろ。どうせネタにして言いふらすくせにさ」
「僕は、君とは違って本当に言ったらダメなことは言わないけどね」
「俺だって言いたくて言ってるわけじゃない」

言いたくて言ってるに決まってんだろ。
おかしくなった設定まで作ったんだから。

「それで、噂になっていることはどこまで本当なのかな?」
「何が噂になっている知らない」
「リサちゃんのパパ活疑惑とか君が東雲さんに告白したとか」

思いっきりむせた。
あの、告白はノーカンだ。

「俺は告白してない!あんな告白はノーカンだ!」
「それはムリだろー」
「いいか?俺はロマンチストなんだ。これ以上話を広げて東雲さんに迷惑をかけるなよ」
「それは無理でしょ。結構噂になってるし」
「おぉぉぉぉ」

頭を抱えてしまった。
普段おとなしい俺なんか噂にならないと思っていたが、状況が悪かったらしい。

「まぁまぁ。そんなに落ち込まなくてもいいと思うけどね」
「かわいいあの娘に意気地なしとか思われてたら立ち直れない」
「頑張れしか言えないかなぁ」
「言いふらすなよ!」

最悪だ!
意識してくれたらいいな程度だったのに!

「それで、パパ活疑惑は?」
「事実かは知らん。ただ、ホテルに連れ込まれそうになってるのは見かけた」
「えぇ。ほぼ黒じゃん」
「それ以上は本人に聞いてくれ」
「ムリムリムリ。僕は痛いの嫌いなんだよ」
「殴るぞこの野郎」
「やめてよ。まぁとりあえずこの話はもういいや。今日どうしちゃったの?」
「俺が聞きたいね。気づいたらこうなってた」
「頭打ったのが原因かい?」
「なんで知ってるんだよ。たぶんそう」
「僕は地獄耳なのさ。って言うことは長続きはしなさそうだね」
「続かれたら困る」

そもそもわざとやっているから続くわけがないのだが。

「それを聞けて安心したよ」
「なんでだよ」
「僕がスピーカーで居ることは、僕のアイデンティティだと思っているんだ。それなのに良し悪し関係なしに暴露するとかいうヤバい奴がライバルじゃなかなか厳しいだろ?」
「何にアイデンティティ感じてんだよ…。安心しろ。明日も症状が続くようなら学校休むから」

続かないけど。

「そっかぁ。じゃあ僕たち友達になろうか!」
「どこにもかかってないだろ。嫌だよ」
「なんでさ!一時的にとはいえ君もスピーカーだろ!友じゃないか!」
「俺は寡黙なの!口は災いにしかならないから話さないの!」
「それが分かっているなら十分さ!災いを振り撒こう!」
「なんでそうなる」
「楽しいからに決まっているだろう?」
「なお悪いわ!」

こいつが自分の楽しさだけで動いていることはわかった。
それで、まぁいいかとはならないけど。

「でも、嘘は流さないよ。それじゃワクワクしないからね」
「知るか」
「それじゃ、また明日ね!マイフレンド!」
「フレンドじゃない!」

厄介な奴に気に入られてしまった。

それからの授業は特に問題なく進み無事に家まで帰り、両親にしこたまお礼を言って過ごした。

なんだか静かに過ごすことは出来ない気がするが、身から出た錆だと受け入れることにして眠りについた。

「おはよう」
「おはよう道隆、もう治っちゃった?」
「そうみたい。この際だから言うけど、昨日のは本心だから」

照れくさかったが、これからはちゃんとお礼の言える人間になろうとも思えたので、いい経験だったのかもしれない。

登校すると、どこか遠巻きに見られている感じがした。
話しかけてくる人は誰もいない。
これは成功したのかもしれない。
気分よく教室へと向かった。

自分の席に着くと東雲さんがやってきた。

「おはよう」
「おはよう」
「私ね。昨日いっぱい考えたんだけど、ロマンチックな告白はいらないかなって思ったの」
「へ?」
「大橋君は、私の好きなんだよね?」
「え?あの…はい」
「それでいいと思うの」

東雲さんが俺の耳元に近寄ってきて呟いた。

「私も大橋君のことが好きです。付き合ってください」
「はい…」

力ない返事をしてしまった。
まさか両思いだとは思ってなかった。
頭の中が真っ白になっていると

「おやおや、マイフレンド。朝からご褒美のようだね」

という軽い調子に話しかけられた。

「ご褒美だと思うならそっとしといてくれ」
「それじゃあ僕が楽しくないじゃないか!」
「うるせぇ!」


ストレス発散が目的の笑いものにもなれない道化生活だったが、俺には可愛い彼女とうるさい友人が出来た。



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